日本のスタートアップの成長、インベストメント・チェーンの活性化に必要なこととは?【東大CFO×FCT専務理事】
FinCity.Tokyoは、2025年10月に「次世代金融・スタートアップ人材向けセミナー」を開催しました。セミナーでは、金融業界、スタートアップ業界の次世代を担う若者を対象に、「国際金融都市・東京」構想の実現に向けて「インベストメント・チェーン」全体の底上げの必要性、そのためには資金の出し手である「アセットオーナー」、資金の繋ぎ手である「資産運用業者」、そして、投資先となる「スタートアップ企業」、それぞれの取り組みの高度化が必要であることなどを発信しました。
今回は、セミナーにパネリストとしてご登壇いただいた東京大学理事(CFO)の菅野 暁(すがの あきら)氏をお招きし、FinCity.Tokyo専務理事の森田とともに、アセットオーナーとしての大学基金の取り組み、スタートアップの成長を支える支援策、インベストメント・チェーンの活性化に向けて実施すべき施策などについて話をうかがいました。

菅野 暁(すがの あきら)
1982年東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行(現:みずほ銀行)に入行。1986年マサチューセッツ工科大学経営大学院修了(経営学専攻)。2012年みずほ銀行・みずほコーポレート銀行常務執行役員投資銀行ユニット長兼アセットマネジメント長、2014年みずほフィナンシャルグループ執行役専務国際・投資銀行・運用戦略・経営管理統括、2016年同執行役専務グローバルコーポレートカンパニー長、2017年同執行役副社長を経て、2018年アセットマネジメントOne代表取締役社長。2013年8月東京大学初のCFO(執行役)に就任、2024年4月より同理事。
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目次
大学基金の運用
菅野さんは、東京大学CFOとして、積極的な基金の運用を行われています。アセットオーナーとしての東京大学の取り組み、大学基金の状況ついて教えてください
菅野CFO:東京大学では、大学全体への寄付が約200億円、各部局への寄付および遺贈が約400億円あり、これらの合計約600億円を運用しています。ポートフォリオは、6割がオルタナティブで、2割はグローバル株式、残りの2割は円債です。これは、アメリカの大学基金に近い構成です。2023年4月から専門家を招いて運用を高度化しました。この3年弱を平均すると約8%のリターンが出ており、目標の5%はクリアしています。
単純な金額で見ると、私学の中には1,000億円超の基金を持つ大学が日本国内にもいくつかあります。しかし、我々のようにオルタナティブを6割も入れるような高度な運用をしている大学は、日本ではまだ少ないのが現状です。
海外の大学ではどのような運用が行われているのでしょうか?
菅野CFO:海外だとさらに桁が違ってきます。例えば、ハーバード大学の基金は7兆円、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学で5兆円規模なので、100倍ほどの差になりますね。
イェール大学は、過去10年の年平均リターンが約10%で、そのうち約4~5%を毎年大学の予算に繰り入れているそうです。また、ハーバード大学の場合は、運用益からの繰り入れだけで年間3,000億円強になり、これは東京大学の全予算に匹敵する金額です。

ここまで資金力に違いがあると、研究力の面でも顕著に差がありそうですね
菅野CFO:実際に資金力の差が、研究力や大学ランキングに直結していると言えます。世界大学ランキングを見てみると、東京大学は21年前の2004年には世界12位でしたが、直近の結果は26位まで落ちています。一時期30位台だったころと比べると持ち直しているものの、上位には資金力のある米英の大学が並んでいます。
世界との差を埋めるために、政府が主導して設立したのが、JST(科学技術振興機構)が運用する「10兆円大学ファンド」です。各大学が独自に基金を数兆円規模にするには時間がかかりすぎるため、国が巨大な基金を作り、その運用益を助成金として配る仕組みです。東京大学も申請の準備に励んでいる最中です。
日本のユニコーン企業数はなぜ伸び悩んでいるのか?
日本と世界の差を表す指標の一つに、いわゆる「ユニコーン企業」の輩出数があります。世界全体では2,200社程度とされているなかで、日本は7~8社程度とかなり少数にとどまっているように思われます。この原因について教えてください。
菅野CFO:複合的な要因があります。まず、起業家のマインド面において「リスクを取りたがらない」ということが挙げられます。
アメリカなどは「リスクを取って挑戦し、失敗してももう一度やり直す」というカルチャーです。日本はそれが乏しいのです。漠然としていますが、大きな要因だと考えています。
マインド面が関わっているとすると、差を埋めるまでにかなりの時間を要しそうですね
菅野CFO:そうですね。しかし、マインドセットの面に限らず、他にもいくつか要因があると思います。
スタートアップの成長段階に沿って見ていくと、会社を立ち上げる「シーズ」自体は、例えば大学発のスタートアップの場合、持っているのです。しかし、立ち上げるまではよくても、それを大きくする段階で「経営資源」が必要で、これが不足しています。ここで言う資源とは、特に「人(ヒューマンリソース)」です。経営人材が供給できていないという事実があります。例えば、シーズを持っている学者や学生がCTO(最高技術責任者)として入るのは良いのですが、経営を担うCEO、会社が大きくなった時に決定的に重要になるファイナンスを担うCFO、そしてどう売っていくかを考えるCMO(マーケティング責任者)といった、いわゆるCXO人材が不足しています。日本ではそういった人材は、大企業の中に囲い込まれたままで、スタートアップを支援する人材として市場に出てきていない。これが二つ目の具体的な問題です。
三つ目は、一つ目の課題と関連していて、日本は人口1億2000万人規模のそれなりのマーケットがあるため、市場として最初からグローバルを狙うマインドセットが希薄なことです。国内である程度成功すれば良いという考えでやっているので、大きな成長を遂げる企業が出てこない。「ユニコーン」とは言いつつも、実際にはそこまで目指して努力するのではなく、小さくまとまってしまっている。時価総額30億円、50億円程度でIPO(新規上場)をしてしまえば、それで一つの到達点として満足してしまうのです。
そして、四つ目は資金の問題です。アメリカなら、シード期にはエンジェル投資家がいて、大きくなってくるとベンチャーキャピタルが投資をします。一方の日本では、シード期では投資家は多いものの、出資単位が10億円ほどになるグロース期を迎えると、プレイヤーの数が極端に少なくなってしまいます。売上や市場シェアを拡大するグロース期に投資をしてくれる人がいないため、せっかく事業を立ち上げても小さく収まってしまいます。
これらの要因が複合的に絡み合って、アメリカはもちろん、シンガポールなどアジアの他国と比べてもユニコーンが生まれにくい状況になっているのだと思います。
森田さん専務理事はどのようにお考えでしょうか?
森田専務理事:私が問題に感じているのは、日本では起業の出口がIPOに偏っている点です。
統計を見ると、日本では出口戦略の約4分の3がIPOです。これに対し、欧州やイギリスでは3分の1程度、アメリカにいたっては約10%しかありません。日本は極端にIPOに偏っており、しかも「小粒で上場して早く資金回収したい」という強いインセンティブが働いています。これは先ほど菅野さんがおっしゃられたように、起業家側も「早く回収したい」という気持ちがありますし、資金を出している投資家側も、銀行や証券系の金融機関が多いと「早く回収したい」というインセンティブが働きます。数年で我慢できずにIPOさせてしまい、その結果、上場後の成長を支える投資家や、経営をサポートする支援体制が希薄になってしまうのも一つの要因かと思っています。

菅野CFO:先ほど、三つ目の問題点として、日本のマーケット自体がグローバルを目指していないということを挙げましたが、例えば、シンガポールなら国内マーケットが小さいので、起業する際は必然的にアジア全体を獲ることを見据えた戦略を取ります。しかし、日本の場合はリスクを取らずともある程度は成功できてIPOまで到達できてしまう。日本でユニコーン企業が生まれにくい要因には、こういった市場環境的な要因も絡み合っていそうです。
森田専務理事:IPO関連で菅野さんにご質問なのですが、2025年3月に東証がグロース市場の上場基準を厳格化し、「上場から5年で時価総額100億円以上」などの基準を設けました。基準変更により小粒上場が減少し、上場する企業の質の向上が期待されます。一方で、IPOまでの期間が長くなり、資金回収したい関係者が右往左往するおそれもあると思うのですが、この変更を菅野さんはどう見られますか?
菅野CFO:シンプルに、M&Aが増えると思います。IPOのハードルが上がれば、無理に上場を目指さずにM&Aで出口を探すケースが増えるでしょう。
事例を紹介しますと、東大発のベンチャー企業である「株式会社アーバンエックステクノロジーズ」は2025年7月に、カーナビの地図で有名な株式会社ゼンリンに買収されました。IPO基準を厳しくすること自体は正しいと思います。「時価総額100億円以上を目指せ」となれば、最初からそれに見合った経営体制、グローバル戦略、資金調達を計画しなければなりません。バックキャスト(逆算)で経営を考えるようになればプラスに働くでしょう。
日本発の起業家が世界で戦えるようになるために必要なサポート
日本でユニコーン企業が育ちにくい要因として、様々な課題が複合的に存在していることが分かりました。では、日本の起業家、スタートアップ企業が世界で戦えるようになるためには、どういったサポートが必要になるでしょうか?
菅野CFO:まず、起業家のマインドセットから変えることが重要だと思います。もう少し「失敗を許容する社会」になれば良いのですが、やはり一朝一夕には難しいですね。
二番目の経営リソースの提供については、既に取り組みは始まっています。たとえば、東京大学の「東大IPC」や、京都大学の「京都大学イノベーションキャピタル(KYOTO-iCAP)」では、経営人材をプールして、投資先の成長に必要なCFOやCEO、CMOをマッチングするようなことを行っています。
ただ、先ほど申し上げたように、決定的に人材が不足しています。アメリカやヨーロッパと違い、大企業の人材がなかなか流動化してきません。出てくるとしても、大企業で功成り名遂げた方が「老後に若い人を助ける」といったスタンスで来るケースが多い。もちろんそれはそれで貴重ですが、やはり50代ぐらいの、まだバリバリと働ける人材がCFOやCMOとして入ってこないと、企業は大きく成長できません。社外取締役として牽制を効かせるだけでは不十分で、成長を牽引する人材が必要です。
こうした人材プールをどう作るか。今は大学系VCが個別にやっていますが、もっと組織化して進めるべきでしょう。アメリカの大きなVCは自分たちで人材プールを持っています。政府の施策としても、人材の流動化をもっと進める必要があります。
先ほど仰っていた「それなりにマーケットが成熟しているから、ある程度の成功はできてしまう」という点についてはいかがでしょうか?
菅野CFO:三番目の課題として挙げた、日本の市場がマーケットとしてグローバルを目指していない、グローバル化を図るべきであるという点については、グローバルに触れる機会を作るために、東京大学ではいろいろな施策を始めています。例えば、シリコンバレーで地位を確立したベンチャーキャピタルと提携し、日本の起業家を紹介し、グローバルな視野を広げる機会を作ろうとしています。また、シンガポールを拠点とするベンチャーキャピタルファームとも提携し、アジア進出をサポートしてもらう取り組みも行っています。大学単独では限界がありますが、できることから始めています。
資金面でのサポートはどうでしょうか?
菅野CFO:これは、アセットオーナー、つまり年金基金や、投資信託を通じた個人も含めた資金の出し手の問題です。リスクは高いけれどリターンの源泉となるベンチャー投資、いわゆるオルタナティブ投資のポジションをアセットオーナーがしっかり持つこと。これが進めば、グロース期の資金供給も増えていくはずです。
アメリカでは大学基金の5~10%ほどを自大学発のスタートアップを含めたベンチャーに投資します。そこが成長して上場し、キャピタルゲインが大学に戻ってまた投資をする、という循環ができています。
日本ではまだ大学基金の規模が小さくそこまでできませんが、一番可能性があるのはGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や企業年金連合会などの大きなアセットオーナーです。彼らがポートフォリオの中にVCのようなリスクアセットを組み入れることが増えれば、グロース資金の不足というハードルは低くなると思います。
森田専務理事:アセットオーナー側だけでなく、起業家側も投資をしてもらうために動くことも重要ですよね。起業家側に不足しているのは、創出した技術を投資家へ「言語化」できる人材、別の言い方をすると「通訳」する人材です。どれだけ素晴らしい技術であっても、ビジネスにつなげるためのビジョンを説明し、投資家を納得させられなければ資金を調達できません。
アセットオーナーと起業家を橋渡しするという部分が、日本では少し弱いのかと感じています。
菅野CFO:そうですね。大学を見ているとやはり内向きです。「社会に開かれた大学」を目指すと東京大学も言っていますが、コミュニケーション能力やシステムがまだ内向きです。
一番大きいのは、大学が持っているシーズをマネタイズするところです。投資家やM&A先の企業とコミュニケーションを取り、技術の価値を正しく伝え、どれだけの価値を生むかを議論してマネタイズしていく。研究もできてコミュニケーションもできる人材は稀なので、大学としてその中間地帯をつなぐ機能を蓄える必要があります。

「インベストメント・チェーン」の活性化に向けて
ここまで日本のスタートアップ企業の成長を支える観点から、必要な支援策や菅野さんが所属されている東京大学の基金に関するお話などを中心におうかがいしてきました。
次に、特に「金融」の観点に着目しておうかがいします。「インベストメント・チェーン」を構成する「資金の出し手=アセットオーナー」や、「資金の繋ぎ手=資産運用業者」に関して、日頃感じていらっしゃる課題、問題意識などについて教えてください。
森田専務理事:これまで日本のアセットオーナーはあまりリスクを取らなかったと思います。しかし、長い期間のリスクを取れる機関投資家がリスクを取らなければ、他にリスクを取れる主体はいませんので、そこを何とかしなければならないという点が基本的な問題意識です。少なくとも、各アセットオーナーが、今行っている運用が本当に適切なのかという点について、透明性を高めていくことは大事だと思います。透明性が高まれば、「運用のやり方を変える」という議論のきっかけになります。
また、運用会社については、ある海外の投資家が「日本の一定規模の運用会社は80社くらいあるが、そのうち70社は同じようなことをやっている」と言っていました。そういう意味では、投資家が様々な投資手法を持つことが重要です。
菅野CFO:日本の既存の運用会社に対して厳しい言い方になってしまうかもしれませんが、「金太郎飴」のように、どこも同じような運用を行っているように見えます。日本株、日本債券、クオンツの運用を行い、外モノのような難しいものは外部に委託する、これでは多様性が生まれません。やはり特別なリスクを取る運用会社、ダイバーシティが必要です。
FinCity.Tokyoは、新興資産運用業者(EM – Emerging Managers)の育成を図るための取り組み(EMP – Emerging Managers Program)を行っていますが、こういった施策が有効でしょうか。
菅野CFO:はい、懐の深い、先端的な投資家が、EMPのような枠組みで新しいマネージャーを育てていくべきです。自分たちが持っているポートフォリオとは異なるリスクプロフィールの運用会社を育てるということは、自分たちのパフォーマンスを中長期的に向上させるために役立つのだという考え方が必要だと思います。
森田専務理事:アメリカでは様々なアセットオーナーがいて、そのニーズに応えるEMがいるというエコシステムができています。日本でも特徴ある多様なEMが育ち、エコシステムが根付くことが望ましいと思います。

日本が飛躍するために、次世代の若者たちに期待すること
ありがとうございます。最後に、次世代の金融業界、アセットオーナー業界を担う若者たちへメッセージをお願いします
菅野CFO:少しでも多くの「リスクを取る経験」をしてほしいですね。例えば、大学を1年休学して世界中を回るといったことです。海外ではそういう経験をする学生は多いですが、日本ではまだ少ないように感じます。
リスクを取って、やりたいことに取り組み、自分のためだけでなく社会のためといった視点を持つことで、自分自身の喜びにもつながります。大学はそういった姿勢をサポートします。

森田専務理事:私からは、ぜひ「グローバルな目」を持ってほしいとお伝えしたいですね。日本では、人口減少や少子高齢化などによりマーケットが縮小していきます。しかし、グローバルに目を向ければ、まったくそんなことはありません。
自分の持っている技術で、先ほど菅野さんがおっしゃったような「海外に出て、社会のために取り組む」といった気概をぜひ持っていただきたいと思います。

貴重なお話をいただきまして、どうもありがとうございました
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
今回お話をうかがった菅野CFO氏に登壇いただいた「次世代金融・スタートアップ向け人材向けセミナー」の内容をYouTubeにて公開しておりますので、こちらもぜひご覧ください。
スタートアップの飛躍的成長に向けてできることは何か? | 次世代金融・スタートアップ向け人材向けセミナー