インタビュー:東京国際金融機構(FinCity.Tokyo) 会長 中曽 宏(2025年12月ニュースレターに寄せて)
16 DECEMBER 2025インタビュー
インタビュー:東京国際金融機構(FinCity.Tokyo) 会長 中曽 宏(2025年12月ニュースレターに寄せて)
今回は、弊機構の会長 中曽宏が、現在の世界情勢における日本と東京の展望、そして金融ハブとしての東京のビジョンについて語ります。

現在の世界情勢の中で、日本をどのように見ていますか?
要約すると、「ジャパン・イズ・バック(日本は復活した)」です。失われた30年の苦い教訓を乗り越え、強固な銀行システムを築き上げ、デフレは過去のものとなり、世界中の投資家が熱狂しています。世界的な不確実性の中、日本経済は強靭性を発揮し、資本は引き続き日本に流入しています。この傾向は、いくつかの理由(図1)から今後も継続すると私は考えています。
- 世界的な不確実性により、世界中の投資家はポートフォリオを米ドル資産から円を含む他の通貨に分散するようになった。
- 日本では金利がプラスに戻り、貯蓄から投資への移行が続いている。
- 日本取引所グループ(JPX)が主導するコーポレートガバナンスの強化により、資本コストと株価に重点を置く企業経営が求められている。
- 企業のポートフォリオ再編に伴い、MBOを含む多くのM&Aが進行中である。JPXが上場企業の継続基準を厳格化する計画を進めていることから、今後さらに多くのM&Aが見込まれる。
図1:

とはいえ、まだやるべきことは多く残されています。前政権の成長戦略は未完であり、政府の「資産運用立国実現プラン」も更なる推進が必要です。高市首相がこれらの取り組みを重要課題に位置付けていることを、心強く思います。
東京を国際金融ハブとしての地位を築く上で、FinCity.Tokyo の実績をどのように評価していますか?
2019年4月、小池百合子東京都知事の提唱のもと、日本初の官民連携金融推進機関として発足して以来、FCTの会員数は約30から54に増加しました。会員は、東京都、JPX、大手金融機関、不動産会社、業界団体、銀行、フィンテック企業、大学など多岐にわたります。このように幅広い金融の専門性を持つメンバーが、私たちのビジョンを共有していることは、大変意義深いことです。
私たちの主要な使命の一つは、東京に高業績の資産運用会社と金融人材を集積させ、銀行中心の日本経済に新たな投資チャネルを創出することです。私たちの取り組みは着実に成果を上げています。昨年だけでも、運用資産総額1,613億米ドルを超える資産運用会社3社と、約15年ぶりとなる格付け会社1社(KBRA)の参入がありました。
重要なマイルストーンをいくつか教えていただけますか?
私は次の4つを強調したいと思います:
- 日本の相続税改革への貢献。2021年の税制改革以前は、在京の外国人の資産にも相続税が課せられており、多くの外資系ビジネス界からは「日本にいたら一生死ねない」と言われていました。しかし、今回の改正でその部分は撤廃されました。
- 国内外の運用機関、特に「エマージング・マネージャー」の積極的な招聘と、投資収益の向上に向けた取り組み。エマージング・マネージャーとは、小規模で独立系、かつ高い投資スキルを持ちながらも実績が少ない運用機関やその資産運用担当者を指します。これまで、親銀行や証券会社傘下の大手運用会社が主流を占める日本では、こうした運用機関は軽視されてきました。私たちの「エマージング・マネージャー育成プログラム」は、岸田政権の「資産運用立国実現プラン」に盛り込まれ、私たちにとって大きな節目となりました。
- 金融振興の重要性の認識向上。活動が拡大するにつれ、全国から賛同者を得るようになりました。例えば、毎年10月に開催している「東京・サステナブル・ファイナンス・ウィーク(TSFW)」は、当初は独立したイベントでしたが、現在では金融庁が主導し、様々な官民が主催する全国規模の金融イベント「Japan Weeks」の一部となっています。
- 資産運用特区としての指定。東京、札幌、大阪、福岡の4都市は、お互いに連携して国内外の新たな資産運用会社の誘致、業務拡大、グローバルな投資資金の誘致、そして成長分野への資金流入環境の整備に取り組んでいます。
東京はアジアの他の金融ハブとどう違うのでしょうか。また、東京はどのような道を歩むとお考えですか。
東京の役割は他のアジアの拠点とは異なります。香港は中国本土へのゲートウェイであり、シンガポールはアジアと他の地域を繋ぐ役割を果たしています。東京の大きな特徴は、日本の多層的な産業基盤と広範なアジアのサプライチェーンに支えられた「オンショア金融センター」であることです。したがって、東京の役割は、様々な産業の資金ニーズに応え、アジア太平洋地域経済の持続的な成長に貢献することです。
このような状況下、中長期戦略の鍵となるのは、トランジション・ファイナンスに重点を置き、東京をアジア太平洋地域におけるサステナブル・ファイナンスのパイオニアとして位置付けることです。アジアのサプライチェーンのハブであり、グリーンテクノロジー特許の世界的リーダーである東京は、脱炭素化を推進することで、気候変動対策を金融で支援する独自の立場にあります。その結果として生まれる巨額の投資と技術革新は、日本だけでなく、地域全体の持続的な経済成長に繋がるでしょう。
トランジション・ファイナンスについてお話がありましたが、これに関するビジョンを詳しく教えていただけますか?
私の幼少期、暑い夏の日の気温は30℃でした。今では、30℃でも涼しいと言えます。気候変動は文明そのものへの脅威です。一刻の猶予もありません。だからこそ、日本政府は2050年までにカーボンニュートラルを目指すことに尽力しているのです。
しかし、企業が一夜にして環境に配慮した行動をとることは不可能であり、特に鉄鋼や海運といった排出量の多い産業ではなおさらです。そのため、2050年の目標を据え置くことなく、段階的に脱炭素化を進めていくことが、一番理にかなっています。日本の経済界とアジア太平洋地域の製造業では、「グリーン」プロジェクトだけでなく、ネットゼロへの現実的な移行を可能にする「アンバー」プロジェクトの振興が広く合意されています。この点において、東京は地域における円滑なトランジションの促進に貢献できるでしょう。
2050年までにカーボンニュートラルを達成するには、水素などの新しいエネルギー源やCO2回収・利用・貯留(CCUS)といった革新的技術の研究開発に、政府の推計で最大9,600億ドル(約150兆円)もの巨額の設備投資が必要になります。設備投資とイノベーションは日本の成長を牽引する二つの原動力であり、脱炭素化は理想的な戦略です。
官民連携が鍵となります。例えば、政府は20兆円規模の「GX経済移行債」の発行を約束していますが、それをはるかに超える民間資金の動員が必要です。
そのため、当局や民間セクターと連携し、トランジション債の発行を推進してきました。通貨バスケット連動債、リスク軽減要素を組み込んだブレンデッド・ファイナンス、アジア太平洋地域において国境を越えて取引される相互運用可能な炭素クレジットといった新たな金融手段を提案しています。当局や市場参加者との広範なネットワークは、これらのアイデアの推進に効果的に役立っています。
今後、FinCity.Tokyo はどのような戦略的方向性をお考えですか?
私たちの戦略的方向性は次の通りです:
- 高市総理が改めて表明した政府の「資産運用立国実現プラン」を支持します。
- 銀行を含む地域の金融機関との連携を強化します。これらの金融機関は地域の企業や事業体と繋がりを持ち、FCTは地域の有望な企業やプロジェクトの発掘に意欲的な国内外の投資家のニーズを捉えています。これらが連携することで、成長資金を地域に循環させることができます。
- サステナブル・ファイナンスのパイオニアとして、今後も知見の蓄積と共有に努めていきます。日本企業によるトランジション債の発行額は89億米ドルを超えており、気候変動課題に直面する他の経済圏に日本が提供できる知見を蓄積しています。また、東京都はSDGs関連債の発行を継続しており、2024年10月には約3億5,000万米ドルのサステナブル債を発行しました。さらに、約3億5,000万米ドルの東京レジリエンス債の発行も計画しています。
- アジア太平洋地域における「相互運用可能な自主的なカーボンクレジット市場構想」(図2)の設立に向けた取り組みを支持します。仕組みとしては、例えばインドネシアの電力会社が、石炭火力発電所を廃止し、よりクリーンなLNG燃料の発電所に転換することで炭素排出量を削減し、削減された排出量の一部を炭素クレジットとして国内外の東京やシンガポールなどの市場で販売することで、新発電所の建設費用を回収します。地域内の企業はカーボンクレジットを購入することで、自社の排出量を相殺することができます。このようにして、地域の脱炭素化を加速させることができます。
このイニシアチブは、域内各国がカーボンクレジット取引の完全性と相互運用性のための共通基準と慣行の確立に注力する段階にまで進展しています。同様に、取引所間の連携は、既に実証済みのシンガポールのACXとインドネシアのIDXカーボン間の相互取引を超えて拡大される可能性があります。東京は、このイニシアチブにおいて重要な役割を果たすことを目指しています。
図2:

最後に、海外のパートナーとの連携を強化します。例えば、ロンドン市は昨年12月にトランジション・ファイナンス・カウンシルを立ち上げました。本年7月には、FCTがこのカウンシルと共催し、ロンドンでトランジション・ファイナンスに関するフォーラムを開催しました。今後も、アジアGXコンソーシアムやアジア・ゼロエミッション・コミュニティといった日本主導の枠組みを通じて、東京の優位性を国際的に発信していきます。
東京での機会を検討している海外の読者に向けたメッセージはありますか?
ここ数年の改革の成功により、急成長を遂げるダイナミックな金融エコシステムが誕生しました。今日、東京は、英語によるビジネスサポートを無料で容易に利用できる環境、膨大な人材プール、世界をリードするインフラ、そして世界的に評価の高い生活の質を提供しています。皆様をお迎えし、東京での機会獲得をサポートできることを楽しみにしています。